多くの芸術家を惹きつけてやまないこの地で活躍する日本人にスポットを当て、q parisがその生き方を取材・紹介していきます。

今回は、パリオペラ座バレエ団に史上初のアジア人として入団した日本人女性、藤井美帆(ふじいみほ)さん。16歳で単身パリに渡り、2022年に引退するまで数々の作品に出演して活躍。まるで別世界の人のような華々しい経歴を持つ彼女は、気さくな笑顔でq parisのアトリエに現れました。q parisの愛用者でもあるという彼女の素顔に迫ります。
藤井美帆(ふじいみほ)さん 【プロフィール】 3歳でバレエを始める。 7〜9歳まで暮らしたNYのバレエスクールで本格的にバレエを学んだのち、バレエダンサーになる夢を叶えるべく16歳で単身渡仏。 パリオペラ座バレエ学校で学びながら、17歳よりパリオペラ座バレエ団の公演に出演し、22歳で正式な団員に。以後、オペラ座の引退年齢である42歳まで活躍し、2022年に引退。 現在はコーチとして後進の指導にあたる。 |
舞台の上で、華麗に舞い踊るバレエダンサーたち。その美しさの裏には、並々ならぬ努力があります。
徹底した自己管理、身体づくりやハードな練習は当たり前。油断をすれば、自分よりも若く才能あふれる後輩があっという間に役を持って行ってしまう…そんな厳しい世界で長年活躍し続けた藤井さん。いまのキャリアを手に入れるまでには、一体どのような努力や葛藤があったのでしょうか。
ひたむきにプロを目指した10代
父の仕事の都合で7~9歳まで暮らしたNYでの舞台経験がきっかけです。
NYでバレエ学校に通っていたのですが、その頃、舞台に子役で出させて頂く機会があって、本当に楽しくて。プロの世界に触れ、プロとして踊ってお給料をいただくことができる「バレエダンサー」という仕事があるんだ!と知り、自然とこの道を志すようになりました。

NYでの子役時代
NYから日本に戻ってからもその気持ちは変わらず、すぐにでもバレエ留学にチャレンジしたかったのですが、当時のパリオペラ座バレエ学校の校長先生が「外国人は義務教育を終えてから来るように」とおっしゃっていることを知り、中学卒業まで待つことに。
小中学生時代は授業中も留学のことばかり考えていましたし、小学生のうちから「準備が整い次第すぐに留学するために、高校受験には時間を取られないようにしよう」と中学受験をして中高一貫校に入学するなど、準備を進めていました。
自分と向き合い続けた20代は「暗黒期」だった
最初は順調だったものの、20代は挫折と試行錯誤の連続でした。
バレエ学校に入り、バレエ団入団を目指して頑張って、晴れて22歳で正式に入団できたのですが、当初の目的が叶ったことで「これから自分はどうしていきたいのか」がふとわからなくなってしまったんです。「何を目指したいのか」「どう成長していけばいいのか」「上達した先に何を目指せばいいのか」と、悩んでしまい…まさに暗中模索の時代でしたね。
うまくいかない日々の中で切れてしまって、リハーサル中にバレエシューズを投げてスタジオを去ったことも。がむしゃらに思いつく限りの行動をしてみましたが、事態は好転しませんでした。
「たくさん練習すればうまくなるはず」と、夏のバカンスもとらずに夏期講習に通いつめ、10代の頃のように1日中踊り続けて大ケガをしたり、素晴らしいテクニックをもったバレエダンサーの多いキューバのバレエを知るべく一人でキューバのバレエ団を訪ね、レッスンを受けてみたり…

正団員になる前、オペラ座の公演にて。

入団後。悩みながらも試行錯誤を続けていました
結局すぐには答えは見つかりませんでしたが、多くのことを学びました。
例えば、キューバはまだまだ発展途上国なので、バレエをやるべく選ばれた少年少女達は、ダンサーになれば家族を救える、その一心で人生をかけてバレエに打ち込んでいたのです。彼らのバレエに対する姿勢、背負うものの違いを目の当たりにし、これまでの自分がいかに恵まれた環境でぬるま湯に浸かっていたのか、悩みがいかに贅沢なものなのかを知るきっかけになりました。
ちなみに…キューバで会った先生は、なんとオペラ座にもゲストで招かれていた先生で、結局同じ先生のレッスンを受けることになったのは、今では笑い話です。
辞めたいと思ったことはないのですが、30歳のころに「このままオペラ座のバレエ団にいていいのかな?」と思ったことがあります。
オペラ座のバレエ団は、正式団員になると定年まで在籍が保障されるのですが、きっと、日々企業などでお仕事をされている方にも「このまま定年までこの会社にいていいのかな」「転職すべきでは」などと悩む方がいらっしゃるのではと思います。バレエダンサーも同じで、私も含め多くのダンサーがこの壁にぶちあたります。
自分のバレエに対する自信もまだないなかで「もしかしたら、場所を変えれば、周りの環境が変われば、もっとうまくいくんじゃないか」と、他のバレエ団の公演を観に行ったりもしました。
「自分が変われば周りも変わる」徐々にうまくまわりだした30代
家族を持ち、バレエを客観視できたことが大きなきっかけになりました。
30代になって結婚し、子どもにも恵まれたのですが、子育てをするにあたってこれまでのように自分のことだけ・バレエのことだけを考えることはできず、自然と最優先事項は「バレエ」から「子供」に。物心ついたころからずっとバレエに向き合い続けてきた私にとって、このことはとても大きな変化でした。バレエと程よい距離感がうまれたことで、思い詰め過ぎていた自分を客観視でき、バランスがとれたのかもしれません。
そのころ、様々な作品に抜擢されるようになり、ある作品のお陰で素晴らしいコーチとも出会い、仕事に大きなやり甲斐を感じたりと、全てが少しづつうまくまわりだし、20代のころに失っていた自信も徐々に取り戻すことができたんです。

キャリア中間期 昇級コンクールにて。
徐々に自分のバレエが確立し出したころ
そうですね。私の場合は家族がきっかけでしたが、もちろん他のことがきっかけでも良いと思います。お仕事以外のことに目を向けてみたり、夢中になってみたりすることで、逆にお仕事がうまくいくこともあるでしょうし、お仕事にいかせる学びがあるかもしれません。
自分がやりたいこと・自分を成長させられる場所はオペラ座にあるという結論に至ったからです。
「所属する場所を変えれば何かが変わるのでは」と、比較してみたりもしましたが「結局は自分次第」だということに気づきました。同じ場所にいても、自分が変われば自分に対する周りの対応が変わってくる事もあると思うんです。実際、30代に入り少しずつ自分なりの答えが見つかってきたタイミングで、周りが自分を見る目も、上からの評価も変わっていくのを実感して…。
ただし、自分の場合は残ることが最善の選択肢でしたが、本当にやりたいお仕事がここではできないと思うのであれば、転職という行動を起こしていたと思います。

キャリア後半期 アンヌテレサの「カルテット」を踊る藤井さん
40代、これからの夢
生活はガラッと変わりましたが「燃え尽き症候群」になることもなく、日々のモチベーションは変わりません。
これまでは自分が舞台で最高のパフォーマンスをすることを最優先にモチベーションをいかに高めるかに集中していましたが、いまはHIIT(ヒット)トレーニング(※)で体力づくりをするのにはまっています。
事前に計画表を作っておき、毎日寝る前にタスクをこなしたらチェックを入れて管理しています。小さい頃から、自分で決めたことは計画表をつくり、コツコツこなしていく事に楽しさを見出すタイプ。達成感を味わうのが根っから好きなのかもしれません。
※「High Intensity Interval Training(高強度インターバルトレーニング)」の略。不完全回復をはさみながら高強度・短時間の運動 (無酸素運動) を繰り返すトレーニング方法。限界まで体を追い込むことで、常に脂肪が燃焼しやすい状態をキープし、体脂肪減少と筋肉増量効果が得られるとされる。

引退公演での藤井さん
実は、今は特にないんです。なぜなら、やりたい!と思ったことは、いつもすぐ行動に移しているから。最近では俳優さん達にバレエ指導するお仕事のお話をいただき、面白そう!と即答で引き受けました。俳優さんというお仕事も、ダンサーと通じるところがあると感じておりとても興味深くコーチしています。
また、今年の夏には日本で講習会をすることになっていて、とても楽しみにしています。30歳のころは「私が人に教えるなんてできない」と思っていたのですが、後輩が怒られて落ち込んでいたときに練習に付き合ったところ、すごく感謝をしてもらえて、助けになれたという実感もあって。これがきっかけで、教える事への情熱がうまれました。
キャリアと並行して後輩たちを指導する機会が増えていき、フランス国家バレエ教師資格も取得したので、今後も後進指導の活動は続けていきたいですね。
自分は何が好き・嫌いなのか、自分の本音を大切にしてください。自分の意見だと思っていても、世間や周囲の意見に、無意識のうちに縛られているかもしれません。自分はどうしたいのか?自分らしさとは?という問いに向き合い続けることで、固定概念が取り払われて、ぐっと生きやすくなると思います。
私は、間違った選択なんてない!と思います。間違ったかもしれない…と思った選択からも必ず学ぶことはありますし、意外にその選択肢がなじんでくることもあれば、選びなおすことだってできます。
失敗しても「人生は必ず良い方向に向かっている」とポジティブに捉えていますし、実際、今までも色々なことがありましたが、振り返ってみると結果どんどん良くなっているんです。
私自身もずっと不得意で、30代で徐々に見つけていったことなのですが…自分を知って・認めてあげて・好きになってください。
自分自身のことって、意外と理解できていないもの。自分の性質を理解していれば、何かが起きたときにも比較的余裕をもって対応できます。
また、「周りに認めてもらえない」と感じるのも、結局、自分が自分を認められていないのかもしれません。ネガティブモードでいると、周りがみんな敵に見えてしまったり、起きたこともすべて悪い方向にとらえてしまいます。自分のことを好きでいてあげれば、周りの良い面も自然と見えてきやすいですよ。
他の業界で活躍する方々にも言えることだと思いますが、バレエの世界は自分よりも若いバレエダンサーがより良い役に抜擢されるなどは日常茶飯事で、常に競争です。そんなとき、起きたことに一喜一憂したり自分を責めるよりも「自分は自分」と認めて愛してあげて、己の成長だけに目を向け、今自分にできることをしようと切り替えられるかどうかはとても大切なんです。
q parisとの出会い

giselle(ジゼル)と藤井さん
はい。昨年引退してから今までよりも少し時間ができ、おしゃれをすることが楽しくなっていたところに、後輩のInstagramがきっかけで知りました。
実は「イヤーカフ」というものを知らなかったのですが、後輩が着けているのを見て、素敵だなと思いまして。その日の夜のうちにq parisのInstagram(インスタグラム)に「パリでも買えますか?」とDMを送って購入させていただきました。
毎日使用しているので、普段は大ぶりなものより小さなものを着けることが多いですね。
コーチのお仕事の時などはコンパクトな「Clara (クララ)」、プライベートでのカフェやディナーなどお出かけの時は「juliette (ジュリエット)」や「calme (カルム)」と使い分けて楽しんでいますよ。

「q paris」のイヤーカフ「Clara (クララ)」がお似合いの藤井さん
ジゼルはフランス発祥の作品で、パリ・オペラ座の十八番でもあるので、何度も踊りましたし、たくさんの思い出があります。
この作品はフランスのバレエスタイルが全て詰まっており、フランス人にもとても人気があります。また、バレエは演目によってはいわゆる「オペラ座」…つまり「ガルニエ宮(※1)」ではなく、もうひとつの劇場「バスティーユ劇場」(※2)で上演されることも多いのですが、ジゼルは必ずガルニエ宮で上演される演目なんです。「歴史と伝統あるガルニエ宮でバレエを観たい」というお客様も多く、ジゼルが上演される時はチケットがすぐに売り切れてしまうほどなんですよ。
エレガントな雰囲気を纏いながらもエネルギッシュで行動派な彼女の、実感のこもった言葉は日々仕事に家庭にプライベートに頑張るすべての人にも通じるところがあります。
自分を理解し、認めて、好きになる。このシンプルなルールこそが、藤井さんの強さの秘訣なのかもしれません。
※2…オペラ・バスティーユ(Opéra Bastille)のこと。1989年に建てられた鉄筋コンクリートの近代的な建築。
